椿の徒花
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作者名義を「真中夜(白井鯨)」と必ず表記して頂きますようお願い致します。
「今際の際を、華の散り様に喩えたとして」
とある罪人と介錯人の、四半刻前の会話。
上演時間:約90分
演者:5〜9人
比率:性別不問3、♂1(+モブ4)、♀1
一人称、性別変更可。
内容を著しく改変しなければアドリブも可です。
(登場人物)
罪人/性別不問
元介錯人。通り名は『椿』。
介錯人/性別不問
通り名を『山茶花』。椿の次に腕が良い。
蕎麦屋/性別不問
椿の幼馴染。
娘/女性
蕎麦屋の妹。
瑞江利光(みずえとしみつ)/男性
瑞江家の当主。
侍A/男性(兼役可)
天ぷら蕎麦が食べたい。
侍B/男性(兼役可)
掛け蕎麦を待っている。
侍C/男性(兼役可)
瑞江派の一人。
侍D/男性(兼役可)
侍Cの金魚の糞。
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『椿の徒花(つばきのあだばな)』/真中夜(白井鯨)
https://mnkitybook.amebaownd.com/posts/19770705
役表
罪人:
介錯人:
蕎麦屋:
♀娘:
♂瑞江利光:
♂侍A:
♂侍B:
♂侍C:
♂侍D:
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●薄暗い簡素な部屋。畳張りの狭い部屋で蝋燭が一本ちらちらと光を放っている
○介錯人-刀を腰に刺し、感情の読めない顔つきで微動だにせずその場に立っている
介錯人「……」
●暫くの間。部屋の奥から誰かの話し声が聞こえてくる
罪人 「──うん、ああ、ああ、そうだな。……分ぁかってる。今更逃げたりなんざするもんか。ああ、……あぁ御苦労さん。世話になったもんに宜しく伝えておいてくれ。それじゃ」
●襖が開く
○罪人-軽い足取りで部屋の中へ
罪人 「ヤァ、待たせたかね」
介錯人 「それほどでも」
罪人 「それほどってことはつまり、まあなんだ、少しの間待たせてしまった、ということだな」
介錯人 「……」
罪人 「(畳の上に腰を下ろしながら)いやすまないね、如何せん此処には顔見知りが多い。来るまでに何度か捕まっちまったよ」
介錯人 「そうですか」
罪人 「……ほう?」
介錯人 「なにか」
罪人 「いや? 君、そんなに口数が少なかったかなと」
介錯人 「当たり前でしょう。元同僚と、こんな場所で、このような形で出会う此方の身にもなって下さい」
罪人 「アハハ! それもそうだ。すまない、これは失言だった」
介錯人 「……罪状を読み上げます」
罪人 「言わずとも分かってはいるがな」
介錯人 「水無月の末の日、罪人は江戸城・松之大廊下(まつのおおろうか)にて、瑞江利光を初めとした瑞江一派三十人を斬りつけた。その残虐性は危険と言う他ならない。故に──切腹の刑に処す」
罪人 「市中を引きずり回されるかとも思ったが、いやはや、お上も随分と優しいことで」
介錯人 「介錯はこの私(わたくし)、」
罪人 「(先の台詞を遮って)ああ、今更名乗る仲でもないだろ。元同僚のよしみだ、楽にしてくれ」
介錯人 「……」
罪人 「さあて。それで? この短刀で腹を切るのか。ふむ、近くで見たことはあったが……これをこう、ばっさりと、腹の辺りに真一文字にやるわけだ。なるほどねえ」
介錯人 「その刀では気に入りませんか」
罪人 「いんや? 切れ味の良さそうな、良い刀なんじゃないか」
介錯人 「……そうですか」
罪人 「なんだ、歯切れの悪そうな言い方だな。言いたいことでもあるのか」
介錯人 「いえ」
罪人 「お堅いね、君は。死人に対していつもそうなのか」
介錯人 「仕事を全うしているだけです。それに、まだ貴方は死んでいないでしょう」
罪人 「もう死装束だって纏っちまってんだ、己(おれ)に関しちゃ死んだも同然だろ」
○間
罪人 「すまない、これも失言だったか」
介錯人 「いえ。その通りですから」
罪人 「……本当にお堅いね、君」
介錯人 「褒め言葉として受け取っておきます」
罪人 「そこまでヤケになって畏まられるとこちらも困るというものだよ、元同僚」
介錯人 「これから貴方の首を落とす人間に、よくもまあいけしゃあしゃあとそんなことが言えますね」
罪人 「そらだって。君の介錯は痛くないって己は知ってるからね」
介錯人 「何故?」
罪人 「腹を切って苦悶の声を上げていた御仁が、襖を開けたらほんのり笑って事切れてんだ。一回だけじゃない、君が斬った人間はいつもそう」
介錯人 「……そういえば貴方。私が介錯した人を、何度か処理していましたね」
罪人 「人の死に様に手馴れてる奴の方が都合が良いだろ、そういうのは」
介錯人 「それを言うなら貴方だってそうだったでしょう」
罪人 「己?」
介錯人 「『──すぱりとした綺麗な切り口に、刃を入れた時の音は無く、罪人の倒れる音でのみ事が終わったと分かる』」
罪人 「ああ。あったね、そんな誰が言い出したのかも分からない謳い文句。趣味の悪い通り名と併せて最悪の気分だった」
介錯人 「お似合いでしたよ、貴方が〝椿〟と呼ばれているのは」
罪人 「嫌味か?」
介錯人 「褒め言葉ですよ」
罪人 「……。(不満げな表情)」
介錯人 「自分が死んだことにも気付いていないような、大層安らかな死に顔でした。貴方が介錯した人は皆そう」
罪人 「〝山茶花〟の優しさには劣るがな」
介錯人 「それこそ嫌味というものですよ。貴方の通り名にかこつけた誰かが、気紛れに私をそう呼び始めただけなのですから」
罪人 「そうなのか? てっきり君の方が先に呼ばれているものとばかり」
介錯人 「そうですよ。でなければ、椿に似た花がわざわざ私に付けられるはずもないでしょう」
罪人 「まあ確かに。どちらかと言うなら、君は蓮の華に似ている」
介錯人 「……私が?」
罪人 「ああ。泥に咲く一輪の華。けれど決して泥に塗れることは無い」
介錯人 「随分と、私を高く買ってくれるのですね」
罪人 「己は君の在り方を気に入っているから」
介錯人 「……在り方、ですか」
罪人 「なあ、介錯人さん」
介錯人 「なんでしょう」
罪人 「君のその、優しさと慈悲深さに免じて、この罪人の話をひとつ聞いちゃあくれかないかい」
介錯人 「……」
罪人 「別に此処から逃げようと画策しているわけではないさ。ただ、己の中に残った未練を断ち切りたくてね」
介錯人 「……内容にもよります」
罪人 「そうだな。言うなれば『とある罪人が、三十もの人間に斬りかかった経緯(いきさつ)』だろうか」
介錯人 「(息を吞む)」
罪人 「どうだろう。聞いてくれる気にはなってくれたかい」
介錯人 「それは……、いえ、聞きましょう」
罪人 「ありがとう。少し長話になるから、どうか楽にして聞いて欲しい」
罪人(N):──紫陽花が咲いて、空に湿り気を感じ始めたある日のことだ。
●場面転換-とある罪人の回想
●所帯染みた蕎麦屋。柱や机、店内の雰囲気から年季の深さが伺え
る
○罪人-蕎麦屋の暖簾を潜る。また、この時の罪人は罪を犯していない状態
蕎麦屋 「おやいらっしゃい」
罪人 「いつものひとつ」
蕎麦屋 「あいよ、少し待ってな」
罪人(N):
その罪人には、蕎麦屋を営んでいる幼馴染がいたんだ。そいつは随分と気の良いやつでね。蕎麦屋の身分は下から数えた方が早くて、罪人の方は上から数えた方が早かったが、生まれてから二十余年、その関係にひびが入ったことなぞ一度もなかったそうだ。
蕎麦屋 「あい、掛け蕎麦一丁。毎日食べてよく飽きないな」
罪人 「どうも。って、そらそうだろ。こんな生活を始めてもう幾つになると思ってんだ、逆に食べない方が落ち着かないってやつさ」
蕎麦屋 「はは、違えねえ」
罪人 「(麺を啜ってから)最近どうだ。店の方は」
蕎麦屋 「ああ、そこそこ実入りは良い方だよ。椿さんの噂を聞き付けてか、いろーんなお武家さんが来なさる」
罪人 「……その『椿』ってやつは」
蕎麦屋 「アンタのことだ。ここに来るやつは口々にアンタのことをそう呼んでる。随分と有名になったな、椿さん」
罪人 「殴るぞ」
蕎麦屋 「おお怖い怖い。良いじゃないの。花がぱったりと落ちる様、潔くって素敵じゃないか」
罪人 「……私(わたし)は『落とす』側なんだが」
蕎麦屋 「そこを言っちゃあ野暮ってもんだろ」
罪人 「野暮で結構。……御馳走さん。そろそろ仕事に戻るよ」
蕎麦屋 「はいお粗末様。大変だねえ、アンタのお役目も」
罪人 「毎日朝っぱらから蕎麦を打つよか楽な仕事だよ」
蕎麦屋 「言ったな?」
罪人 「アハハ! 言われっぱなしは性に合わないんでね。それじゃあまた」
蕎麦屋 「あいよ。……ああそうだ!」
罪人 「なんだ」
蕎麦屋 「妹に会ったら言っておいてくれ。『何でもいいから旬のものを買ってくるように』って」
罪人 「承った。会えたら伝えておこう」
蕎麦屋 「それと」
罪人 「まだあるのか」
蕎麦屋 「『椿』に疲れたらいつでも来な。幼馴染さん」
罪人 「……」
蕎麦屋 「じゃ、仕事頑張れよ」
罪人 「……ああ」
○罪人-店を出る
罪人 「ったく、これ以上通ったら金がなくなっちまうだろっての」
○娘-罪人を見かけて駆け寄ってくる
娘 「常連さんこんにちは、お店の外で会うなんて奇遇ですね。今日もうちの蕎麦屋に?」
罪人 「やあこんにちは。そうさ、今さっき店を出たところだ」
娘 「それは残念です。あたし、もう少し早く帰っていたら良かったな」
罪人 「仕方ないさ。丁度お使いの最中だったんだろ」
娘 「それはそう、ですけど」
罪人 「そう落ち込むな。ああ、店主から妹である君に伝言を預かっている。『旬のものを買ってくるように』だとさ」
娘 「また買い物……。折角店に帰れると思ったのに、あの人は……」
罪人 「まあまあそう言わず。旬モノだったら確か、ひとつ向こうの八百屋に売っていそうだったな」
娘 「あら、本当ですか?」
罪人 「おそらくは。ここに来る途中に見掛けたばかりだから」
娘 「そうと決まれば早く買いに行かなくっちゃ! 常連さん、教えて下さってありがとうございます。今後ともうちの蕎麦屋をご贔屓に」
罪人 「こちらこそ。道中気を付けて」
●場面転換-瑞江邸の一角
罪人 「利光殿、『椿』に御座います。
瑞江利光「入れ」
罪人 「失礼致します」
○罪人-襖を開け、入室
瑞江利光「良く来たな。失せ物探しの方は順調か」
罪人 「……今暫くお時間を頂きたく。方方(ほうぼう)探し回っておりますが、未だ手掛かりは見つかっておりません」
瑞江利光「良い良い。我が瑞江家に千年伝わる家宝なのでな、足が生えてもおかしくなかろうて」
罪人 「かたじけなく存じます」
瑞江利光「お前はいつも堅いな。もう少し肩の力を抜いたらどうだ」
罪人 「そういうわけには。私はただの介錯人で御座いますので」
瑞江利光「はは。弁えている奴は嫌いじゃない。儂がお前を気に入っているのも、そういうところよ」
罪人 「恐悦至極」
瑞江利光「……さて。それにしても一体、家宝はどこへ行ったのやら。代々我が家と親交のある家のやりとり全てが記された台帳。あのように分厚い書物が簡単に失くなるとは思えんのだが」
罪人 「……」
瑞江利光「なあ?」
罪人 「それは、どういう意味に御座いましょう」
瑞江利光「いいや? 早くに見付かれば良いなと、そう思っただけよ。徳川の御前様があれに興味を示されている。お前の活躍に期待しているぞ、椿」
罪人 「はっ」
瑞江利光「くれぐれも他言は無用にな。……用は以上だ、下がれ」
罪人 「失礼致します」
○罪人-座敷から退出
罪人 「瑞江の家宝は盗まれた、ということか? そんなこと、本当に有り得るのか……?」
●場面転換-数日後、蕎麦屋
侍A 「店主! 今日のおすすめは何だい!」
蕎麦屋 「天ぷら蕎麦だよ。うちの看板娘が鰯の良いやつを仕入れてくれたんだ」
侍B 「おい店主! 掛け蕎麦もう一丁頼めるか!」
蕎麦屋 「あいよ、少し待ってな! ……ったく、今日はやけに客入りが良いな」
娘 「良いことじゃないですか。旬のものを買いすぎて丁度困っていたところでしたし」
蕎麦屋 「この時期旬の、足の早い鰯を大量にな。お前わざとだろ」
娘 「いいえ? 茄子や三つ葉を買っていたら丁度目に付いて。折角だし幾つか買っていこうって思っただけですよ」
蕎麦屋 「この量の鰯は『幾つか』とは言わないんだよ」
娘 「うふふ、お侍さんが沢山来てくださったお陰でなんとかなりそうですね」
蕎麦屋 「……この前のこと、根に持ってるのか」
娘 「何のことです? 常連さんに伝言を頼んだことも、頼まれたものを買って帰る途中で更にお使いを増やしたことも、全然、これっぽっちも気にしてませんよ?」
蕎麦屋 「……根に持ってるじゃないか」
娘 「根には持ってないですよ。根には」
蕎麦屋 「茎やら葉っぱには持ってるってか?」
侍A 「店主! 天ぷら蕎麦はまだか!」
蕎麦屋 「はあい只今!」
娘 「こちらのお盆、向こうに持っていきますね」
蕎麦屋 「ああ頼む。出ずっぱりにさせてすまないな」
娘 「それこそ、看板娘にお任せあれってやつですよ。(侍の座席へと向かって)はいお待ち、天ぷら蕎麦になります」
蕎麦屋 「……妹と碌な言葉遊びが出来ないくらい忙しいってのも、些か考えものだな」
〇罪人-蕎麦屋に入店
蕎麦屋 「いらっしゃい! ああアンタか。すまねえが好きな所に座ってくれや。この通りてんやわんやでな」
罪人 「これはまた、随分と盛況だな。出直した方が良いか?」
蕎麦屋 「まさか。そんなことしたら今度こそ妹に臍曲げられちまう。待ってろよ直ぐに掛け蕎麦出してやるから」
娘 「もう、臍なんて曲げませんよ。常連さん、いらっしゃい」
罪人 「こんにちは。あのお使いの時以来だな」
娘 「その節はどうもお世話になりました。お陰で、店主にも怒られずに済みましたしね」
蕎麦屋 「……怒ってるのはアンタの方だろうに」
娘 「何か言いました?」
蕎麦屋 「いやなんでも。あい掛け蕎麦一丁」
罪人 「どうも。(周囲を見回して)馬鹿に刀を差した奴が多いな」
蕎麦屋 「……やっぱり、そう思うか?」
罪人 「ああ。昨日までの比じゃないだろ、これは」
娘 「お客様方の話を聞くに、常連さんの噂を元にしたお話が混ざり合って伝播して、このような混み具合に繋がったみたいですね」
蕎麦屋 「アンタがここで蕎麦を食うと聞いて冷やかしに来た奴、ただ単に美味い蕎麦屋があると聞いて足を運んだ奴、妙にこの店が混んでいて気になったから覗きに来た奴。なんつうか、今日の客の大半はそんな感じだ」
罪人 「それはなんとも、妙な話だな」
蕎麦屋 「ウチの蕎麦が美味いのは認めるが、それにしたって客の増え方がきな臭い。アンタ、妙なことに巻き込まれてるんじゃないだろうな」
罪人 「……心当たりが、あるにはある。ただ、この店を巻き込むような話じゃあない。なんだってこの店が──、」
侍C 「おや、そこにいるのは椿殿では御座いませぬか」
侍D 「ああ本当だ、椿殿で御座いますね。いやはや斯様な所でお会いするとは何とも奇遇。お元気にしておられたか」
罪人 「……これはこれは、瑞江派の御二方。お久しぶりに御座います」
侍C 「そのように頭を下げないで頂きたい。何て言ったって、なあ?」
侍D 「そうとも。椿殿は我らが上司、瑞江利光様のお気に入りなのだから。そのようにされては某達の首が飛んでしまう」
侍C 「それこそすぱりと」
侍D 「『椿』のように?」
○侍C、D-顔を見合わせて笑い始める
罪人 「……、お戯れを」
侍C 「おお怖い。蕎麦も食ったことだし、そろそろ某達は退散します」
侍D 「椿殿、失礼つかまつります」
〇侍C、D-罪人の前を通り過ぎる
罪人 「……」
侍C 「ああそうだ。(一度立ち止まって)失せ物探しの方は順調に御座いますか」
罪人 「は、」
侍D 「利光様も大変気を揉んでおられた。某達は心配することしかできそうにないが、応援しております」
侍C 「早く見付かるといいですね」
侍D 「ええ、ええ、早く見付かることを某達も祈念しておりますぞ」
侍C 「それでは、今度こそ失礼致す」
〇侍C、D-店を出ていく
蕎麦屋 「……一体何だったんだ、あいつら」
罪人 「私のことをよく思っていない瑞江派の方々だ。まさか彼らまでここに足を運ぶとは」
娘 「あの、常連さん、大丈夫ですか?」
罪人 「心配はいらない。あの手の奴らにはもう慣れたものだからな。嫌なところを見せてしまってすまなかった」
侍B 「おーい、掛け蕎麦はまだかあ!」
蕎麦屋 「あいよ只今ぁ! ……話は後でにしよう。一旦ここいらにいる客を全部捌いちまう。まだ夕暮れ時だが、今日は早めの店仕舞いといこう」
娘 「それじゃ、あたしは裏に入って後始末をしてきますね」
蕎麦屋 「頼んだ。お客さん方! 生憎今日はもう品切れだ、申し訳ねえがその蕎麦を食ったらお帰り願いたい。……ああそこのお侍さん、アンタには掛け蕎麦を作ってやるから待ってな」
●場面転換-店仕舞い後
罪人 「妹殿は?」
蕎麦屋 「後始末の最中だ。もう少ししたら来るだろ」
罪人 「そうか」
蕎麦屋 「んで、アンタは何をやってるんだ」
罪人 「……失せ物探しだ。失せ物探しのはず、なんだがなあ」
蕎麦屋 「随分と曖昧な言い方をするな」
罪人 「私にも良く分からないんだ。最初は確かに『失せ物探し』と聞いていた。……それがこの前、」
蕎麦屋 「この前?」
罪人 「もしかしたら盗まれたのやもしれぬ、と。言外に仄めかされた」
蕎麦屋 「……そんなことありえるのか」
罪人 「それが分からないから私も戸惑っていたところだ。まあ元から、失せ物にしては不可解過ぎるとは思っていたが」
蕎麦屋 「一体何なんだ、その『失せ物』の正体ってやつは」
罪人 「……」
蕎麦屋 「おいおいここにきてだんまりか。流石にそれはねえだろ」
罪人 「言えない。これ以上は本当に、君を巻き込みかねない」
蕎麦屋 「馬鹿だなアンタ。ここにアホ程刀をぶら下げた連中が来てるんだ。巻き込むも何も、とっくのとうにこっちは巻き込まれてるんだよ」
罪人 「それは、……すまない」
蕎麦屋 「バッカおま、何謝ってんだ」
罪人 「一連の出来事は全て私に原因がある。本当に、すまない」
蕎麦屋 「そういうことじゃなくて……、」
罪人 「……」
○間
蕎麦屋 「~~っだあぁ! 全部ぶちまけちまえっつうの!」
罪人 「……だが、」
蕎麦屋 「だがもだってもへちまもねえよ! そんなに言うなら、ぶちまけた後にさっさと解決しちまえば良い話だろ。エエ?」
罪人 「……。(呆気にとられた顔)」
蕎麦屋 「アンタは一人で抱え込み過ぎなんだよ。……幼馴染だろ、こんな時くらい少しは頼れ」
○両者見つめあいながら無言、暫くの間
罪人 「……、失せ物の正体は」
蕎麦屋 「おん」
罪人 「瑞江家に伝わる家宝。他家とのやりとりが詳細に記された台帳だ」
蕎麦屋 「なるほどな。瑞江家に伝わる、か……、かっ⁉ だっ⁉」
娘 「自分から聞いておいて、流石に驚き過ぎじゃないですか」
罪人 「妹殿、いつの間に」
娘 「『だってもへちまも』あたりでしょうか。なんだか真剣に話されておられたので入り辛くて」
蕎麦屋 「お、おお。後始末は終わったのか」
娘 「裏は粗方済みました。後はこちらにある戸棚を整理するだけです」
蕎麦屋 「そ、そうか。悪かったな、入り辛くして」
娘 「良いんじゃないですか。なにせ御二方は『幼馴染』なんですから」
罪人 「……かたじけない」
蕎麦屋 「けっ、らしくもねえ台詞なんて言うもんじゃあねえな。……妹に聞かれるなら尚更」
娘 「まあまあ。蕎麦屋に関わることなら、あたしも聞いておかねばなりませんし。それに、先程の会話だって好きでしたよ。だからどうぞ、気にせず続けてください?」
蕎麦屋 「(咳払い)……あー、何が失せ物だって?」
罪人 「家宝の台帳だ」
蕎麦屋 「そうだったそうだった、瑞江家の台帳ね。まあ公方(くぼう)様に通じてるようなお家柄だ、あんな紙の塊も、家宝の一つや二つになるってもんか」
罪人 「命を受けてから暫く経つが、手掛かり一つ見付からない。正直、手詰まりな状態といったところだ」
蕎麦屋 「ふゥん」
罪人 「だが、あの日から──利光殿に呼ばれて盗みを仄めかされた日から何か引っかかる。……そうだな、店の外で妹殿に会った日だ」
娘 「ああ、丁度お使いの最中だった時ですね。うちの店主が『旬のものを追加で買ってくるように』って、常連さんに言伝を頼んだ」
蕎麦屋 「……よりにもよってその日か」
娘 「そうですねえ。確かに、その日からお客さんの数は増えていったように感じます」
蕎麦屋 「思い起こせば、アンタの名前をよく聞くようになったのもその頃か。随分と出世したようで何よりと思ったんだが」
罪人 「どうやらそうじゃない可能性が出てきたな」
蕎麦屋 「残念なことに」
罪人 「礼を言う。これで今後の見通しが少しつきそうだ」
蕎麦屋 「お、それは聞かせてもらっても?」
罪人 「確証は無いし、聞いたって更に巻き込まれるだけ……、分ぁかってるよ。今更だって言いたいんだろ。説明するからそんな顔するんじゃない」
蕎麦屋 「それは良かった。次同じ台詞を言ったら『鰯野郎』って呼んでやろうと思ってた」
罪人 「鰯?」
蕎麦屋 「なんでもねえよ。そら、話した話した」
罪人 「……今回の一件、多かれ少なかれ確実に瑞江の威信に関わってくる事態だ。事態が解決に向かうまでは、この件を全面的に伏せることにしている」
蕎麦屋 「全面的に、ねえ。いくらなんでも大仰すぎるってもんじゃねえの」
罪人 「なるべく余計な混乱を生じさせない為だそうだ。とにかく、このことを知っているのは私と利光殿、それから瑞江派のごく一部にしか知らされていない」
蕎麦屋 「ま、蕎麦屋とその看板娘は今しがた知ってしまったわけだが」
罪人 「それについては不可抗力だからな、仕方がない。……だが、それとは別にもう二人、この件について何故か知っている奴らがいる」
蕎麦屋 「アンタに難癖を付けて笑ってた侍どもだな?」
罪人 「そうだ。あいつらは一応瑞江派の連中だが、今回の件を知らされるほどの地位にいるかと言ったらそれは否だ。現状、あの二人の存在はあまりに不自然すぎる」
蕎麦屋 「なるほどな。探ってみる価値は十二分にあると」
罪人 「そういうことだ。暫くはあいつらの動向を注意深く監視してみようと思ってる。(外の景色を見て)……今日はもう暗いから、明朝、このことを利光殿に報告しに行く腹積もりだ」
蕎麦屋 「それじゃあ、この話はここいらで一旦終いとしますかね」
罪人 「ああ。長居をしてすまなかった。……君達も気を付けていてくれ。考えたくはないが今回の件、ここにもなんらかの危害が及ぶ可能性が十分に出てきた」
蕎麦屋 「分かってる。そこは勝手知ったるってやつさ。このことに頭を突っ込んだ以上はきちんと目を配るよ」
罪人 「……本当に、手間をかける」
蕎麦屋 「はは、これくらいどうってことねえよ。幼馴染に甘えられるっつうのも、たまには悪くねえもんだな。うちの看板娘だってそう思ってると思うぜ。……なあ?」
娘 「……」
蕎麦屋 「おいおい看板娘殿、手が止まってるみたいだがどうした。戸棚の整理はもう終わったのか」
娘 「常連さん」
罪人 「なんだ」
娘 「瑞江様の台帳というのは、一体どのような見た目をしているのでしょう」
罪人 「横長の和紙を、麻紐でひとつに括ったものらしい。千年の親交を綴ったものだから分厚く、また五冊ほどに分かれていると聞いている。それから、」
娘 「表紙には『台帳』と墨で大きく書き記され、裏表紙には瑞江様の家紋が描かれている?」
罪人 「……ああ、その通りだが」
蕎麦屋 「待て、なんでそんなことをうちの看板娘が知ってる。台帳の見た目なんぞ、これまでの会話で一度も上がらなかっただろ」
娘 「……」
罪人 「妹殿?」
娘 「あるんです」
蕎麦屋 「は?」
娘 「あるんですよ、ここに。瑞江様の台帳が」
蕎麦屋 「……おい、そりゃどういう意味だ」
罪人 「妹殿、失礼」
○罪人-娘の隣に立ち、戸棚の中を確認する
罪人 「……これは、」
娘 「戸棚の奥を整理していたら偶然見付けたんです。これって常連さんが探していた──今しがたお話しされていた、瑞江様の家宝……台帳、ですよね?」
●場面転換-数日後、瑞江邸
罪人 「利光殿、これは一体どういうことです! あの二人が裁かれるなんて私は聞いておりませんよ!」
瑞江利光「お前こそ、呼んでもいないのに突然押しかけてくるとは一体どういう了見だ、椿」
罪人 「質問に質問で返さないで頂きたい。私は確かにあの日言ったはずです。誓って蕎麦屋の二人は無関係であると。貴方もそれに頷いたはずだ!」
瑞江利光「だが、蕎麦屋から台帳が出てきたことは変えられない事実であろう」
罪人 「彼らは嵌められたんです! 紛れもない貴方の部下に!」
瑞江利光「その件に関しても、今此方で調べを進めている最中だ。あの馬鹿どもめ、一体どこに雲隠れしおった……」
罪人 「あの二人を探しているのなら私も手伝います。ですから、今すぐ蕎麦屋の二人を牢から出してやってください」
瑞江利光「それがどれほど無理難題なのか、自分でも分かっているだろう」
罪人 「……っ!」
瑞江利光「何故そこまであの町人どもに拘る」
罪人 「……私の、私にとって、かけがえのない存在だからですよ」
瑞江利光「……そうか」
○瑞江利光-立ち去ろうとする
罪人 「っお待ち下さい! まだ話は終わっておりません!」
瑞江利光「儂はお前と話すことなぞ一切ない」
罪人 「利光殿!」
瑞江利光「椿」
罪人 「……なんでしょう」
瑞江利光「もし、あやつらを牢から出したとして。次に疑われるのは間違いなくお前なのだぞ」
罪人 「……」
瑞江利光「それを分かっているのか」
罪人 「分かっておりますとも。分かった上で申し上げているのです。彼らを、牢から出して欲しいと」
瑞江利光「……かけがえのない存在だからか」
罪人 「ええ」
瑞江利光「儂もな、同じだよ」
罪人 「は、」
瑞江利光「言ったであろう。儂はお前を気に入っていると。お前があやつらをかけがえのない存在だと思っているように、儂もまたお前のことを欠けてはならぬ存在だと考えている」
罪人 「……な、にを」
瑞江利光「お前のことを今失うのはあまりに惜しい」
罪人 「それは、私が使える人間だからですか」
瑞江利光「ああそうだ、といえば満足か」
罪人 「……」
瑞江利光「これ以上話すことは何もない。下がれ」
罪人 「……」
瑞江利光「聞こえなかったか。儂は下がれと言った」
罪人 「……失礼、致します」
○罪人-退出
罪人 「……くそ」
●場面転換-牢屋
蕎麦屋 「お、こんなところまで誰が来たのかと思ったらアンタか。どうだ、調子の方は」
罪人 「……良いように見えるか」
蕎麦屋 「見えないな。瑞江殿と掛け合って惨敗してきた、って顔に書いてある」
罪人 「……すまない」
蕎麦屋 「謝るなって。はは、そこまで落ち込んだアンタを見るのも久々だな」
罪人 「妹殿は」
蕎麦屋 「向こうの牢屋に居んじゃねえか? あいつもこんな湿気た場所にいちゃあ飽き飽きしてる頃合いだろ。後で会ってやってくれよ」
罪人 「ああ」
蕎麦屋 「……なんだ、本当に参っちまってんだな。おら、もっとしゃっきりしな。いつまでもそんな顔でいられちゃこっちまで気が滅入る」
罪人 「ああ」
蕎麦屋 「逃げ出した悪党ども二人の行方は?」
罪人 「依然分からないままだ。利光殿ですら掴めていない御様子だった」
蕎麦屋 「そうか。ったく、逃げ足が速くてと悪知恵が働く奴らってのは性質が悪くて仕方ねえな」
罪人 「そうだな。……だが、何としても絶対に捕まえてみせる」
蕎麦屋 「頼んだ。このまんま牢に世話になっちゃあ蕎麦の打ち方を忘れちまいそうだ」
罪人 「それは困るな。……それじゃ、私はそろそろ」
蕎麦屋 「おう。くれぐれも、根を詰め過ぎないように気をつけろよ」
罪人 「善処する」
○罪人-牢屋から退出
蕎麦屋 「あ、おい! 妹に声掛けてけって! ……行っちまったよ」
娘 「……だいぶ、追い詰められているみたいですね」
蕎麦屋 「うわびっくりした。急に声出すなよ」
娘 「あら失礼。今度からは一声掛けて喋ります」
蕎麦屋 「一声掛けた時点で既に喋ってるっつうの。ま、そんな減らず口が叩けるほど元気なら問題はなさそうだな」
娘 「勿論」
蕎麦屋 「さて、と。……あいつ、あの調子でこれからやっていけるのかねえ」
娘 「さあ、どうでしょう」
蕎麦屋 「……三日後、か」
娘 「結局言わないおつもりですか」
蕎麦屋 「言って何になる。江戸の町を駆けずり回って此方を助けようとしてる野郎に『実はもう死ぬ日が決まってる』だなんて」
娘 「言えるはずがない?」
蕎麦屋 「そんなやつがいたら教えて欲しいね」
娘 「……後悔しますよ、きっと」
蕎麦屋 「言わぬが花ってやつさ」
娘 「言わぬ事は聞こえぬ、とも言います」
蕎麦屋 「それを言われちゃあな。まァ、どちらにしろ三日後までに容疑が晴れることを信じるしか道はないか」
娘 「……常連さん、大丈夫でしょうか」
蕎麦屋 「さあな、溜め込むくせに変な所で思い切りが良いから」
娘 「……」
蕎麦屋 「そんな顔するんじゃない。死なないときは死なないだろうし、死ぬときは死ぬだろうさ。アンタも、今のうちに覚悟を決めておけよ」
娘 「そんなの、牢に入れられたときからとっくについてますよ。……けれど、その言い方は幾分か寂しい物言いですね」
蕎麦屋 「おや、随分しおらしい」
娘 「母が死に、父もおらず。そんな中で手を取り合って生き抜いてきた唯一の家族ですよ。悲しまない人がおりますか」
蕎麦屋 「それを言うなら此方もだ。妹が花街に行くなんて、考えたくもない悪夢だろ」
娘 「それでも、死なないよりはマシです」
蕎麦屋 「死んだほうがマシさ」
○間
娘 「(自嘲しつつ)どうしてこうなってしまったのでしょう」
蕎麦屋 「さあ」
娘 「……どうして、そんなにあっけらかんとしていられるんです」
蕎麦屋 「死ぬかもしれないのに、って?」
娘 「ええ」
蕎麦屋 「さて、どうしてだろう。実感が湧かないからなのか、それとも……(考え込む素振り)」
娘 「……」
蕎麦屋 「存外、分かっていたからなのやもしれないなあ」
娘 「分かっていた?」
蕎麦屋 「お侍さんが店に大勢来なさった時、アイツが何かに悩んでいた時、その理由を知って……牢にぶち込まれた時」
娘 「薄々、こうなることを予測していたと?」
蕎麦屋 「(軽く笑って)そう思っただけさ。理由は自分でもよく分からない」
娘 「そう、ですか」
蕎麦屋 「納得のいく返答が出来なくて済まないな」
娘 「いえ、納得出来ました。なんだかあたしも、同じだったように思いますから」
蕎麦屋 「アンタも、こうなることが分かっていたって?」
娘 「はい。貴方よりは、受け入れられていないですけど」
蕎麦屋 「……そう、か」
娘 「似たもの同士ですね」
蕎麦屋 「家族だからな」
○二人して笑い出す
蕎麦屋 「あーあ、笑った笑った。……ああ、そうだ」
娘 「……なんです?」
蕎麦屋 「首を落とされるなら、アイツが良いな」
娘 「アイツって」
蕎麦屋 「椿のことだ。……首を落とされるなら、アイツが良い。そう思えて仕方がないよ」
●場面転換-三日後の朝、某所
○罪人-抜刀し、侍C・侍Dに刃を突きつけている
侍C 「まっ、待て、早まるんじゃない! 落ち着きなされ椿殿、その刀を鞘に納められよ!」
侍D 「そうですぞ、某達を殺めても意味などないのですから!」
罪人 「今すぐ町奉行所に出頭するか、利光殿に自ら白状するとこの場で約束しろ」
侍C 「ヒッ!」
侍D 「わ、分かった! 約束する! だから早く刀を下ろしてくれ!」
侍C 「お、おい貴様何を勝手に、」
罪人 「そっちのお前は」
侍C 「……い、一体何のことやら。某にはさっぱり分かりかねますな」
罪人 「ほう、この期に及んでとぼけると?」
侍C 「ヒィイ! 某は何も知らぬ! そっ、そもそも、今回の件を企てたのは某ではない! 利光様御本人だ!」
罪人 「……は、」
侍C 「ふ、ははは、いくら椿殿であろうともそれは聞かされていなかったみたいだな。……いいか、今回の件は全て仕組まれたものだ。瑞江家の家宝を徳川の御前様に見せたくなかった、瑞江利光様によってなあ!」
罪人 「な、にを、」
侍C 「お可哀そうに、その様子だと何も聞かされていなかったみたいですな。言われたことを己の鼻で嗅ぎまわって探すなんて、まるで飼いならされた畜生のようではないか!」
罪人 「……っ!」
○罪人-刀を振るう
侍C 「ギャアア! 何をする! 某の、某の指があ!」
罪人 「首を落とさなかっただけマシだと思え。次はない。……おい、そこのお前」
侍D 「はっ、はいい!」
罪人 「今こいつが言っていたことは真か」
侍D 「ま、ま、真に御座いまする。利光様に家宝を隠すよう命じられて、それに従ったまで」
罪人 「……蕎麦屋の店主たちを巻き込んだのは」
侍D 「そ、それは……」
罪人 「それは?」
侍D 「……瑞江派でもないのに、日頃から利光様に重用されていて邪魔だったからと、そちらの、」
罪人 「ああ、こいつか」
侍C 「痛いぃ、ああ指が、指がぁ……」
罪人 「私だけに嫌がらせをするなら目を瞑っていたというのに。つくづく余計なことをしてくれる」
侍C 「ふ、ひひひひ。良いのですかな、こんなところで油を売ってて。今日ではなかったですか、椿殿の大切な御友人が処刑されるのは」
罪人 「……何を言っている」
侍C 「おや、それも聞かされていない? 哀れですねえ、盗みの罪を被った彼らは今日刑が執り行われるのですよ。店主は切腹、妹の方は顔が良かったものだから花街行きが決まっています。……ふ、あははは、ああ痛い、ああ可哀そう、痛い……」
罪人 「……おい」
侍D 「ひぃい! そ、それも真に御座います! ……まさか、本当に知らなかったので……?」
罪人 「知っていたら、斯様な所で道草なぞ食っていない!」
○罪人-駆け出す
●場面転換-とある座敷にて
介錯人 「──それでは、罪状を読み上げます」
蕎麦屋 「ああ」
介錯人 「罪人は瑞江家の家宝を盗み、自らが営む蕎麦屋にてこの数か月間隠し持つという所業を行った。家宝を盗むなどというその不届きは到底看過できない。故に──切腹の刑に処す」
蕎麦屋 「……」
介錯人 「介錯はこの私、『山茶花』が務めさせて頂きます」
蕎麦屋 「……山茶花、か」
介錯人 「何か」
蕎麦屋 「いや、知り合いに『椿』と呼ばれる奴がいたもんでね。なんだか勝手に親しみを覚えちまって」
介錯人 「椿、ですか」
蕎麦屋 「心当たりでもあるか?」
介錯人 「ええ、同僚に一人。腕が良いと専らの噂になっている御方が」
蕎麦屋 「成程な。……アイツ、本当に有名になっていたのか」
介錯人 「アイツ、と言いますと、かなり親しい御関係だったので?」
蕎麦屋 「ああ、幼馴染だった」
介錯人 「それはまた、どうして」
蕎麦屋 「盗みを働いちまったのかって? 山茶花殿は随分とこちらを気にしてくれるんだな。介錯人ってのはもっと、情のない奴らがするもんだと思ったんだが」
介錯人 「……これは、失礼を」
蕎麦屋 「構わないさ。なんだかアイツを思い出すようで、見ていて気持ちが良い」
介錯人 「……貴方は、」
蕎麦屋 「気付いたら、盗んじまってたんだよなあ」
介錯人 「……」
蕎麦屋 「気付いた時には戸棚の中にあって、気付いた時には牢の中。そんで気付いた時にはここにいる」
介錯人 「随分、手癖が悪かったようで」
蕎麦屋 「へ? ぷっ、あはははは! 確かに、『気付いた時には盗んでた』だもんなあ、そうとも聞こえるか!」
介錯人 「なにか、おかしいことでも」
蕎麦屋 「いや? 言葉ってのはつくづく面白れえもんだなと」
介錯人 「そうでしょうか。私にはこれのどこが言葉遊びだったのか良く分かりませんが」
蕎麦屋 「分からなくて平気さ。……そろそろ刻限か。んじゃ、とっとと腹を斬りますかね」
介錯人 「……」
蕎麦屋 「どれどれ……、この短刀をこう、ばっさりと腹のところで真一文字にやるわけだ。成程ね」
介錯人 「心の準備が出来ましたら、いつでも」
蕎麦屋 「分かってる。……ああ、そうだ」
介錯人 「何か」
蕎麦屋 「山茶花殿は、首を落とすのが上手いのか」
介錯人 「ええ、まあ。椿殿の次くらいには」
蕎麦屋 「なるほど。それじゃあ安心だ、なっ、(腹に短刀を刺す)」
介錯人 「……!」
蕎麦屋 「ごほっ、ここから、……ぐ、中々、重労働、だな、」
介錯人 「それは、そうでしょうね」
蕎麦屋 「……さ、ざんか、どの、」
介錯人 「ええ、只今」
○罪人-部屋に駆け込んでくる
罪人 「っ、待て、待ってくれ!」
介錯人 「……! 椿殿」
蕎麦屋 「つば、き、?」
罪人 「君、どうして、」
蕎麦屋 「……はは、ばれちまったか、ぁ、隠してたんだが、な」
罪人 「なんで、隠したりなんか、」
介錯人 「椿殿、邪魔立てしないで頂きたい。介錯人である貴方が、腹を切った罪人を長く苦しめるのは如何なものかと」
罪人 「罪人? こいつが……?」
介錯人 「……椿殿?」
罪人 「私にやらせてくれ」
介錯人 「は、」
罪人 「私が、やらねばならない。……これは私が、背負わねばならないのだから」
介錯人 「何を一体、」
罪人 「どいてくれ」
介錯人 「なっ、椿殿!」
蕎麦屋 「……なんだ、アンタがやってくれるのか」
罪人 「ああ」
蕎麦屋 「それなら、こわくないな」
罪人 「ああ。痛みなんざ寸分も感じさせず、殺してやる」
●場面転換-回想終了
罪人 「──とまあ。こんな経緯があって、瑞江利光に憎悪の念を抱いた罪人は、松之大廊下で事に及ぶこととなったわけだ」
介錯人 「……」
罪人 「なんだ、君には少し刺激が強かったか」
介錯人 「……いえ。そこまで語って、一連の事件については全て端折るのだなと」
罪人 「そこ、わざわざ必要かい? ただの血生臭い話なだけだが」
介錯人 「ここまで聞かされて、今更尻切れトンボで終わるというのは流石に」
罪人 「それもそうか。んじゃあ、そこからについても話すとしますかね。……の前に、何か聞いておきたいことは?」
介錯人 「特には。ですが……、そうですね。あの時のあの御方が、そうだったのか、と」
罪人 「なにが?」
介錯人 「貴方は必死だった故に覚えていないかもしれませんが。私もその場に少しばかり居合わせていた、ということですよ」
罪人 「ふぅン。……話はそれだけかい、続けても?」
介錯人 「ええ、お願いします」
●場面転換-罪人の回想2
●場面転換-瑞江邸
罪人 「……利光殿。『椿』に御座います」
瑞江利光「入れ」
罪人 「失礼致します」
○罪人-襖を開け、入室
瑞江利光「随分遅かったな。お前の功績、既にお上にも届いているほどだぞ」
罪人 「……申し訳御座いません。何分、ここ数日寝る間も惜しんで走り回っていた故、少々疲れが来ておりまして」
瑞江利光「なんだ言い訳か? 随分と良い身分になったものだな、椿」
罪人 「……」
瑞江利光「まあ良い。今日は、お前に用があってな。そこに座れ」
罪人 「(座敷に座る)」
瑞江利光「では本題だ。お前、瑞江派に入らないか」
罪人 「……は、?」
瑞江利光「なあに、今回の件で儂は思ったのだ。聞けばあやつら、瑞江派ではないお前を儂が気に入っているのが癪だったというのだろう。ならばお前を、瑞江派に取り込んでしまえば文句は出なかろう、とそう思ってな」
罪人 「失礼ですが、それは些か無理があるのでは」
瑞江利光「無理? どうしてそう思う」
罪人 「利光殿は良くとも、周りが納得しないでしょう」
瑞江利光「使える駒が増えることに納得せん輩はうちにはおらんな」
罪人 「使える、駒」
瑞江利光「そうだ。今回の一件でそれがようく分かった。儂だけではない、お前をよく思っていなかった奴らもこの度の実力をしかと実感したであろうよ」
罪人 「有難く存じます」
瑞江利光「返事は今すぐでなくとも良い。……そうだな。三日後、徳川の御前様にこの度の一件を報告しようと考えている。期限はそれまでだ」
罪人 「……承りました」
瑞江利光「色よい返事を期待しているぞ」
罪人 「はい。……利光殿、一つよろしいですか」
瑞江利光「なんだ」
罪人 「今回の盗みの一件、裏で筋書きを書いていたのは全て貴方だと耳にしました。それは真ですか」
瑞江利光「それをどこで」
罪人 「盗人の侍二人組から」
瑞江利光「あやつら……、つくづく余計なことをしてくれる」
罪人 「それでは、」
瑞江利光「ああ。お前の言っているそれは全て本当の話さ」
罪人 「……何故、そのような真似を」
瑞江利光「瑞江家存続の為。……椿、お前にあの台帳について教えてやろう」
罪人 「……」
瑞江利光「あの台帳は瑞江家千年の歴史が刻まれた家宝などという生易しいものではない。あれは、我が家が命を賭して隠さねばならない悪夢そのものだよ」
罪人 「それは、どういう」
瑞江利光「先代からあの家宝を譲り受けたのは、儂が丁度二十三の時。そう、お前と同い年だった時のことだ」
罪人 「……」
瑞江利光「次の瑞江家当主はお前だと、あの台帳は死んでも守り通せと言われて託された。……あれは、あの台帳は呪いだ。一見すれば親交のある家々との綿密なやり取りが書かれているだけ。……だがな、その内容を読み込めば読み込むほどおぞましいものにしか見えない。なあ椿、一体何が書かれていると思う」
罪人 「……」
瑞江利光「だんまりか、賢い選択だ。……あれには、これまで瑞江家が取り行ってきた不正の数々が、全て記載されている」
罪人 「不正?」
瑞江利光「そうだ。他家との不正を取り行った事実が詳細に書き記されている。あれは瑞江家がこの地位まで這い上がってきた実績の数々であり、同時に忌むべき汚点なのだ」
罪人 「……そんなものを、どうして」
瑞江利光「言っただろう。徳川の御前様が興味を示されている、と。……だがあれは今言った通りの内容だ。御前様に見せるわけにはいかなかった」
罪人 「だから、盗みをでっち上げたと」
瑞江利光「一騒動あれば御前様に見せずとも済むからな。あの下っ端二人は元々素行が悪かったし、お前に犯人を見つけ出して貰うと同時にあいつらを片付けようと思っていたのだが。中々そう上手くはいかないな」
罪人 「何故、そこまでするのです」
瑞江利光「言っただろう。瑞江家存続の為だと」
罪人 「……」
瑞江利光「三日後、江戸城、松之大廊下で会おう」
●場面転換-瑞江邸を出て
○娘-呆然として歩いている罪人を見つけて、そっと駆け寄る
娘 「常連さん」
罪人 「……ああ、君か。先ほどまで牢にいたと聞いている。体調はどうだ」
娘 「大丈夫です。……あの、うちの店主は」
罪人 「斬った。この手で」
娘 「……そう、ですか。……ありがとうございます」
罪人 「何故、礼を言う」
娘 「あの人は、常連さんに斬られることを望んでいましたから」
罪人 「私に」
娘 「ええ。『斬られるなら、アイツが良い』と」
罪人 「……本当に、すまなかった」
娘 「……」
罪人 「私がもう少し早く、もう少し先に気付いていれば、こんなことには、」
娘 「常連さん」
罪人 「……、」
娘 「あなたがあのお侍さんたちを見付けてくれたお陰で、あたしは花街へ行かずとも良くなりました。……だから、ありがとうございます。あの人も、きっと喜んでいますよ」
罪人 「……それは、本当か」
娘 「はい! 流石に蕎麦屋は続けられなくなりましたけど、近くのお団子屋さんで無事に働くこととなりました。お金が貯まったら、またあの場所で、蕎麦屋を開店するつもりです」
罪人 「……そうか。良かった」
娘 「蕎麦屋からお団子屋の看板娘になりますが、今後とも御贔屓に! いつでもいらしてくださいね、お待ちしています」
罪人 「ああ、今度顔を見せるよ」
娘 「是非! ……あ、あたしお使いを頼まれていたんだった。それじゃ常連さん、この辺で失礼しますね!」
罪人 「ああ。道中、気を付けて」
○娘-足早に立ち去る
罪人(N):
妹殿を見送ったその後。
己はなんだか凄く疲れちまって──不意に、あいつの作った掛け蕎麦が食べたいなあと思ったんだ。己はぼんやりした頭を抱えながら、いつもの通りをふらふらと歩いて、気付いた時にはもう、あの蕎麦屋の前まで辿り着いていた。
……それで、己は笑っちまったよ。笑って笑って、腹の底から一頻り笑った後、妹殿の言葉を思い出した。
妹殿は「蕎麦屋を続けられなくなった」と言っていた。己はてっきり店主がいなくなったからだと、そう思っていたんだよ。
……笑えるね、今思い出しても笑える。
だって、そこに確かにあったはずの蕎麦屋は、跡形もなくなっちまってたんだから。
罪人 「これは、どういうことだ」
罪人(N):
──誰かが店に火をつけたのか……はたまた鍬でも持って大勢が店を打ち壊したのか……。今になっちゃあその真相は分からないが、とにかく、今回の盗みの一件でやられたに違いない。そうだ、それ以外に理由があるものか。
呆然とした後、己は激しい憎悪の念に駆られた。くたくたの、泥のように重い身体から、ふつふつと活力が湧いてくるのを感じた。
どうしてこんな目に合わなければならない。
どうして己の、この世で一等大切にしている者達がこんな目に合わなければならない。
どうして善い人が死に、悪を手引きした奴らがのうのうと生きている。
罪人 「どうして。どうして、どうして!」
罪人(N):
その瞬間、己の心の中にあった糸がふっつりと切れる音がした。
自分は介錯人だ。罪人の首を落とす仕事を生業にしている人間だ。……なら、それならば。
罪人 「首を落とさずして、どうこの己(おのれ)の在り処(ありか)を問えようか」
●場面転換-三日後、松之大廊下
○罪人-刀を抜いたまま、瑞江利光らの前に対峙している
瑞江利光「これはどういうことだ、椿」
罪人 「利光殿、貴方の元には行けません」
瑞江利光「……私情でその刀を儂に振るうというのか」
罪人 「私情? 三日三晩貴方の言ったことに対して考えた結果を私情と言い捨てられるのは些か寂しいですね。それに、これは私情などでは御座いません。正当な、罪人への処罰です」
瑞江利光「儂は罪人などではない」
罪人 「罪人ですよ。私の幼馴染を殺し、その妹の家を奪った貴方は、どう足掻いたって罪人です」
瑞江利光「ではあの町人らを助けて儂が死ねばよかったと? それこそ人殺しというものだ。儂が死ねば、瑞江家は崩れる。路頭に迷った者どもの行き着く先は死あるのみだ。……お前は、あの蕎麦屋に瑞江一族の命を全て背負わせる気か?」
罪人 「もっと違うやり方があったはずだ」
瑞江利光「違うやり方がなかったからこうしている」
罪人 「……埒が明かないな。もういい。利光殿、この場で死んでくれ」
瑞江利光「松之大廊下で、徳川の御前様を前にして儂に刀を向けるとは。……お前もとうとう堕ちる所まで堕ちたか、椿」
罪人 「何を仰る。椿は元々『落ちる』ものですよ」
瑞江利光「くっ! 皆の者、あやつを捕らえよ!」
罪人(N):
──そうしてあの日、松之大廊下で斬り合いが起こった。向かってくる侍どもを全て切り伏せて、返り血でべたつく髪をかき上げ、血に塗れてぬめる床を這うように歩きながら、己は利光殿にとどめを刺した。
瑞江利光「……がふっ。……ああ椿、よく、ようく覚えておけ。ここで死んだ瑞江派のやつらは、今回の一件と何ら関係のない者達ばかりだ」
罪人 「それが」
瑞江利光「く、はは。……お前はもう介錯人などではなく、ただの罪人よ」
罪人 「……アハハ! 最期にいう言葉がまさかそんなのだとはなあ。言われずとも分かっているさ」
○異変を感じ取った城内の侍たちが松之大廊下に到着する
罪人 「……ああ、随分遅かったじゃあないか。さてはて、私──いや、『己』は一体、どこの牢屋にぶち込まれるんだい?」
●場面転換-回想終了
介錯人 「……それが全てですか」
罪人 「ああ、全てさ。……洗いざらい喋っちまうってのもたまにはいいね。胸の内がすくような心地がする」
介錯人 「……何を言ったら良いのやら」
罪人 「何も言わなくて良いさ、別に何か言葉が欲しくて喋ったわけじゃない。ただ誰かに聞いて欲しかっただけなのだから」
介錯人 「妹さんは、今どうされているのでしょう」
罪人 「さあ、元気で団子屋の看板娘でもやってるんじゃないか。……そういや、結局行きそびれちまったな」
介錯人 「行かなくて良かったのですか」
罪人 「あの娘(こ)の前で『常連さん』を取り繕うのは、今じゃあ無理があるだろうよ」
介錯人 「……後悔は、されていないのですか」
罪人 「していない。己の為すべきことを為しただけだから」
介錯人 「その『為すべきこと』は、何をどう言ったってただの人殺しなのに?」
罪人 「なら、君のこれからすることだって『人殺し』だな」
○間
介錯人 「……貴方は、全て背負ってこの場に座しておられるのですね」
罪人 「なんのことだ?」
介錯人 「いえ。ただ、やはり貴方はどこまでも『椿』と呼ばれるに相応しいのだなと」
罪人 「まさか。己は椿の『徒花(あだばな)』だよ」
介錯人 「……徒花?」
罪人 「徒花。咲いたところで実を結ばない、無駄に咲いた花のことさ」
介錯人 「貴方が? 今この瞬間でさえも、潔く死のうとしているのに」
罪人 「そらだって──椿は『落ちる』ものだろ」
介錯人 「なら、『落ちぬ』山茶花も徒花ですか」
罪人 「……言葉遊びをする暇があるなら、さっさと己の首を落としてくれよ」
介錯人 「話を聞いてくれと言ったり首を落としてくれと言ったり、随分と気ままなことですね」
罪人 「アハハ! 元同僚のよしみだろ、許してくれよ」
介錯人 「……腹が決まったらいつでもどうぞ」
罪人 「ああ、迷惑をかけるな」
介錯人 「いえ。……ああ、そうでした」
罪人 「なんだい」
介錯人 「その短刀、あの時の蕎麦屋の方が腹を切ったものと、全く同じ短刀ですよ」
罪人 「……は、」
介錯人 「一体、何の因果なのでしょうね」
罪人 「君、一体どうしてそこまで知って、」
介錯人 「言ったでしょう。私もその場に少しばかり居合わせていた、と」
罪人 「……ふ、あはは! これは一体、何の因果なのやら!」
介錯人 「さあ」
罪人 「ああ愉快だ! まさか今際の際にこんな愉快な気持ちになれるとはなあ。……なあ、蓮の花のように優しい、山茶花殿」
介錯人 「何でしょう」
罪人 「殺すときは、首からすっぱり落としてくれよ」
介錯人 「ええ、必ず」
fin.
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